カンヌライオンズ2022 グランプリ受賞「Real Tone」—テクノロジーに潜む無意識の差別とデザインによる解決

UIデザインのデファクトスタンダードとは?無意識に従うインターフェースの文法

UIデザインのデファクトスタンダード——無意識に従うインターフェースの「文法」

社会の仕組みやルールだけではなく、テクノロジーにも私たちが気づかないような無意識の差別が潜んでいることがあります。

2022年、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルのモバイル部門でグランプリを受賞したGoogleの「Real Tone」は、誰もが本来の肌の色で写真を撮ることができるようにした技術です。モバイル部門の審査員長を務めたAKQAのHugo Veiga氏は、これを「おそらく最も容易に満場一致で決まったグランプリ」と評しました。

本記事では、このプロジェクトの背景にある「肌色の不平等」という問題と、それをデザインとテクノロジーで解決したアプローチを考察します。

カメラが正しく撮れない肌がある

「これまでも綺麗な写真は撮れていたのでは?」——そう思われる方も多いかもしれません。しかしそれは、自分の肌の色がカメラの想定する「標準」に近い人の感覚です。

カンヌライオンズ2022 グランプリ受賞「Real Tone」有色人種のカメラ写り

実際には、有色人種の人々はスマートフォンのカメラで撮影した際に、肌が暗く潰れてしまう、あるいは不自然に明るく補正されるといった問題に長年直面してきました。照明条件が悪い場面では特に顕著で、一枚の集合写真の中で特定の肌色の人だけが不自然に写るという状況が日常的に発生していたのです。

この問題の根本には、カメラの自動補正アルゴリズムが「どの肌色を基準に最適化されているか」という設計上の偏りがありました。

フィッツパトリック・スケールの限界

カメラの肌色再現にまつわるこの問題の技術的な原因の一つは、1975年に皮膚科医トーマス・フィッツパトリックが考案した「フィッツパトリック・スキンタイプ」にあると考えられています(下図)。

フィッツパトリック・スキンタイプ

この尺度はもともと、紫外線に対する肌の反応(日焼けのしやすさ)を評価するための皮膚科医向けの医学的指標です。肌を色素沈着と紫外線耐性をもとに6段階に分類するもので、人種や民族による肌色の多様性を分類するために設計されたものではありませんでした。

それにもかかわらず、このスケールがAIや機械学習の学習データにおける肌色の分類基準として広く転用されてきました。6段階のうち明るい肌色に4段階が割かれ、暗い肌色はわずか2段階しかないこの構造は、アルゴリズムが暗い肌色を十分に識別できない原因となっていたのです。

IEEEの研究では、フィッツパトリック・スケールは「肌の色を予測する指標としては不適切」であり、世界の人口に対して暗い肌色が過少に表現される傾向があることが指摘されています。

Monk Skin Tone Scale——10段階への拡張

Googleはこの問題に対して、カラーリズム(肌の色の違いによる差別)が人々の生活に与える影響を長年研究してきたハーバード大学社会学教授のエリス・モンク氏と協力し、新たな肌色分類基準「Monk Skin Tone (MST) Scale」を開発しました。

フィッツパトリック・スキンタイプ

MST Scaleは、人間の肌の色を10段階で分類するオープンソースのスケールです。フィッツパトリック・スケールと比較すると、明るい肌色の4段階を維持しつつ、暗い肌色を6段階に拡張することで、より現実の人間の肌の多様性に即した分類を実現しています。

モンク氏のスケールは、単にグラデーションの数を増やしただけではありません。アメリカとブラジルでの広範なフィールドワークを通じて、人々が自分の肌色をどのように認識しているかという社会学的な知見に基づいて色彩の選定が行われています。

研究では、特に暗い肌色の参加者がフィッツパトリック・スケールよりもMST Scaleのほうが自分の肌色を正確に表していると評価したことが確認されています

Real Toneの実装——デザインによるアルゴリズムの公平性回復

Googleはこのスケールを基盤として、Pixel 6のカメラとGoogle Photosにおける「Real Tone」機能を実装しました。

多様な肌色を持つ数千人のポートレートを、さまざまな照明条件下で撮影し、画像データセットを従来の25倍多様にしました。このデータセットでカメラの自動補正アルゴリズムを再学習させることで、暗い肌色であっても忠実に再現できるフィルターと補正ロジックを構築しています。

フィッツパトリック・スキンタイプ

Real Toneのサイトで公開されている成果は一目瞭然です。一枚の写真に多様な肌色の人々が収められていますが、どの人の肌色も見やすさを損なうことなく、自然に再現されています。

審査員がこのプロジェクトを高く評価した理由の一つは、テクノロジーの革新性だけではなく、それが解決した問題の社会的な意義にありました。

Real Toneは「現実をありのままに写す」というカメラの最も基本的な機能において、約50年にわたって放置されてきた構造的な偏りを可視化し、デザインとテクノロジーの力で修正したプロジェクトです。

デザインの視点から——隠れた「標準」を問い直す

このプロジェクトが示す重要な視座は、テクノロジーの「標準」として何が選ばれているかに対して、デザイナーは批判的な目を持つべきだということです。

フィッツパトリック・スケールは、それ自体が差別的な意図で作られたわけではありません。紫外線耐性を測る皮膚科の指標として、その目的には適切に機能していました。問題は、それが本来の目的を離れて「肌色の多様性を表現する標準」として転用されたこと、そしてその転用の適切性を誰も疑わなかったことにあります。

デザインにおいても同様の構造は至るところに存在します。ある文脈で最適化された「標準」が、異なる文脈に無批判に持ち込まれることで、意図せず誰かを排除してしまう。

Real Toneのプロジェクトは、こうした隠れた「標準」を発見し、再設計することそのものがデザインの仕事であることを示しています。

本記事のまとめ

Q. Google Real Toneとは?
A. Google Real Toneは、Google Pixel 6以降のカメラとGoogle Photosに搭載された、多様な肌の色を正確に再現するための撮影・編集技術です。有色人種の肌が暗く潰れたり不自然に明るく補正される問題を解決するために開発され、2022年のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルのモバイル部門でグランプリを受賞しました。

Q. Monk Skin Tone Scale(MST)とは?
A. ハーバード大学社会学教授のエリス・モンク氏がGoogleと協力して開発した、人間の肌の色を10段階で分類するオープンソースのスケールです。従来のフィッツパトリック・スケール(6段階)が紫外線耐性の指標であり、暗い肌色の表現が不十分だった問題を解決するために設計されました。

Q. フィッツパトリック・スケールの何が問題だったのか?
A. 1975年に皮膚科医トーマス・フィッツパトリックが考案した6段階の肌色分類は、本来は紫外線に対する反応を測る医学的な指標でした。しかしこれがAIや機械学習の学習データとして転用された結果、暗い肌の色を十分に区別できず、顔認識や写真の自動補正で有色人種が不利益を被る原因となりました。

参考文献
Harvard Gazette「Teaching algorithms about skin tones」(2022)
Cannes Lions 公式「Lion Winners on Day Three of Festival」(2022)
Contagious「Cannes Lions: Mobile Winners 2022
Wikipedia「Monk Skin Tone Scale
Google「SKIN TONE RESEARCH

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