オランダの都市ブランディングと「市民アイコン」という逆転の発想ーUGCの先駆者が示したデザイン事例

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まちづくりにおいて、デザイナーが貢献できる「価値」とは何でしょうか。

パリのエッフェル塔やロンドンのビッグ・ベンのような強力なランドマークを持たない都市が、いかにして世界屈指のブランドを築き上げたのか。

今回は、オランダのクリエイティブエージェンシー「ケッセルスクラマー」が手掛けた、都市ブランディングの金字塔「I amsterdam」の事例を取り上げます。このブランディングが実施されたのは、2003年ですが、20年以上経った今だからこそ見えるその功罪と「デザインの持続可能性」についてもまとめました。

ランドマーク不在から生まれた「市民をアイコンにする」戦略

I amsterdamのキャンペーンフレーズとタイポグラフィデザイン

アムステルダムは人口90万人を超えるオランダの首都ですが、2003年当時のプロジェクト開始以前から、他のヨーロッパ主要都市と比較して「誰もが想起するランドマーク」が存在しないという課題を抱えていました。

そこで導き出されたのが、「アムステルダムの市民そのものをアイコンにする」という極めてチャレンジングなコンセプトです。

そこで、都市名の一部を拡張し、一人ひとりが主役になれるマニフェスト(宣言)として広範囲に展開できる「I amsterdam」というキャンペーンフレーズが策定されました。

I amsterdamのキャンペーンフレーズとタイポグラフィデザイン

「I amsterdam」はキャンペーンのコピーであると同時に、アムステルダムという街のマニフェストとも言えます。市民はアムステルダムそのものであり、ブランドが都市への誇りや帰属意識を引き出すことを目指しました。

この市民主体のブランディング施策は非常にユニークなもので、これまでの都市ブランディングとは一線を画すものでした。1年目に行ったのは「写真集」の作成と「エキシビジョン」の開催です。はたして、それらはどのようなブランド戦略に基づいて行われたものだったのでしょうか。

市民主体のブランディング:UGCの先駆的活用

「I amsterdam」は単なるコピーではなく、市民が都市への誇りや帰属意識(シビックプライド)を持つための仕組みです。

1年目に行われた施策(写真集とエキシビジョン)は、以下のようなものだったのです。

市民を主役にする: 写真集には名所ではなく、そこで暮らす人々を掲載。
ロゴの開放: 市民や企業がロゴを無料で使えるようにし、一貫したイメージを保ちながらも自由な発信を許可。

これは現在で言うところのUGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)そのものです。市井の人々が撮影し、ロゴを添えた写真が蓄積されることで、多種多様でリアルな「アムステルダムのアイコン」が、市民一人一人の手によって形成されていきました。

I amsterdamの市民写真集デザイン
I amsterdamの市民写真集デザイン

こうしたシンプルなタイポグラフィだけで構成されるブランドエレメントは、写真集やエキシビジョンにとどまらず、街中のあらゆる場所に展開されています。街灯のバナー、トラムの車体、市の公式文書、企業のコーポレートツール——「I amsterdam」のロゴは、アムステルダムの都市空間そのものに溶け込むかたちで浸透していきました。

ここで注目すべきは、ブランドエレメントの設計が極めて抑制的であるという点です。赤を基調色に、黒と白のみで構成されたタイポグラフィ。装飾的なシンボルマークやイラストレーションは一切使われていません。

この削ぎ落とされた構成だからこそ、歴史的な運河沿いの街並みにも、現代的なオフィスビルのファサードにも、市民が撮影した日常のスナップ写真にも、大きなノイズを生むことなく共存することができています。

I amsterdamのキャンペーン展開のためのアイテムデザイン
I amsterdamのキャンペーン展開のためのアイテムデザイン

CI/VIの設計においては、展開先が限定された企業ブランドとは異なり、都市ブランドは適用される環境の振れ幅が極端に大きくなります。

格式ある美術館の外壁と、学生が使うトートバッグとでは求められるトーンがまるで違います。「I amsterdam」のブランドエレメントが20年以上にわたって機能し続けている理由の一つは、この要素の少なさそのものが、あらゆる文脈への適応力を担保しているという設計上の判断にあるのではないでしょうか。

物理的サインの撤去とブランドの進化

このプロジェクトを語る上で欠かせないのが、2018年にアムステルダム国立美術館前の広場(ミュージアム・プレイン)から、あの有名な「I amsterdam」の巨大立体文字が撤去されたニュースです。

撤去の理由は、あまりの成功によるオーバーツーリズム(観光公害)でした。

文字の周りに観光客が密集し、本来の意図であった「多様な市民の象徴」ではなく、単なる「インスタ映えの背景」や「個人の顕示欲のシンボル」になってしまったと批判されたのです。

I amsterdamのキャンペーンとオブジェデザイン

しかし、こうした変化は単なる失敗を意味するものではありません。

2018年のサイン撤去後も、「I amsterdam」というフレーズはアムステルダム市の公式コミュニケーションに使われ続けています。市民がSNSで自発的にこのフレーズを使い、企業が自社のアイデンティティと結びつけて発信する光景も変わっていません。撤去されたのは高さ2メートルの物理的な立体サインであって、ブランドそのものではなかったのです。

むしろ、ランドマークとしての記号が取り除かれてなお、フレーズが都市の精神として機能し続けているという事実こそが、このブランディングの本質的な成功を示しているように思います。「I amsterdam」は、観光客が写真を撮るための背景装置から、市民が自らの帰属意識を表現するための言葉へと——つまり「記号」から「文化」へと昇華した。

それは、ケッセルスクラマーが2003年の設計時に目指した「市民をアイコンにする」という構想が、20年の時間をかけて文字通り実現されたということでもあります。

2019年には、amsterdam&partnersによって「BRAND MANUAL I AMSTERDAM」が策定され、ブランドの運用に必要な要素が簡潔に体系化されています。

冒頭ではコアバリューとしてCreativity、Innovation、Entrepreneurshipの3つを定義。これらをアムステルダムの歴史的な特性——株式の発明、世界初の証券取引所の設立、レンブラントやゴッホといった文化的アイコン——と結びつけることで、抽象的な価値観に具体性を与えています。

ビジュアル面では、「I amsterdam」と記載された赤いラベルの配置ルールが規定されています。特徴的な点は、ラベルサイズが媒体の縦横比率から算出する独自の計算式(長辺÷短辺の比率に応じて、短辺の30%〜150%の範囲でラベル幅を決定する)が設けられており、A4のポスターから街中のバナーまで、あらゆるフォーマットでラベルの印象が一定に保たれる設計であるところです。

そのほか、ラベルをスポンサーロゴと視覚的に一体化させることを明確に禁止するなど、ブランドの独立性を守るための制限も設けられています。マニュアルの末尾には、ラベル使用の際はamsterdam&partnersのデザイナーによる事前承認が必要である旨が記載されるなど、運用についても垣間見える点が興味深いですね。

I amsterdamブランドデザインマニュアル
I amsterdamブランドデザインマニュアル
I amsterdamブランドデザインマニュアル
I amsterdamブランドデザインマニュアル
I amsterdamブランドデザインマニュアル
I amsterdamブランドデザインマニュアル

デザイナーの視点:デザインは「一過性の形」を超えられるか

I amsterdamのキャンペーンとオブジェデザイン

アムステルダムの事例は、デザインが「見た目を整えること」ではなく、「人々の行動や意識を設計すること」であるという本質を示しています。ケッセルスクラマーが設計したのは、ロゴタイプやカラーパレットだけではありません。市民が自発的にブランドを担い、語り、共有したくなる「仕組み」そのものです。

ブランドの寿命は、ロゴの造形美ではなく、そのブランドが人々の行動の中にどれだけ深く根を張れるかで決まります。「I amsterdam」が20年を超えて機能し続けているのは、フレーズの巧みさ以上に、それが市民の帰属意識という感情のインフラに接続されたからでしょう。

Balloon Inc.でも、ロゴやシンボルマークを「一過性の制作物」ではなく「事業の資産」として定義し、論理的な裏付けを持って社会に実装することを重視しています。

ブランドの土台となる理念の言語化から、ビジュアルアイデンティティの設計、そしてそれらが事業の成長とともに育ち続ける仕組みの構築まで——デザインを「形」で終わらせないための考え方を、Balloon Inc.のサービスページでご紹介しています。

本記事のまとめ

Q. 「I amsterdam」とは何か?
A. 2003年にオランダのクリエイティブエージェンシー「ケッセルスクラマー」が策定した、アムステルダム市の都市ブランディング施策です。都市名「Amsterdam」の中に「I am」を見出し、「私はアムステルダムである」というマニフェストとして機能するキャンペーンフレーズを軸に、市民を都市のアイコンとするブランド戦略を展開しました。

Q. 「I amsterdam」はなぜ市民をアイコンにしたのか?
A. パリのエッフェル塔やロンドンのビッグ・ベンのような象徴的なランドマークがアムステルダムには存在しなかったためです。建築物ではなく「市民」そのものを都市のアイコンに据えることで、都市への誇りと帰属意識を醸成するアプローチが採用されました。

Q. 「I amsterdam」の具体的な施策は?
A. 初年度は市民のポートレートを集めた写真集の制作と各都市での写真展開催を実施。その後、市民や企業が「I amsterdam」のロゴを無料で使用できる仕組みを整備し、自分の写真にブランドの帯を付けてSNS等で発信するUGC(User Generated Content)施策を展開しました。

Q. なぜ「I amsterdam」のサインは撤去されたのか?
A. 2018年12月、アムステルダム国立美術館前に設置されていた高さ2メートルの立体サインが、市議会の決定により撤去されました。一日あたり約6,000枚のセルフィーが撮影されるほどの観光名所となった結果、オーバーツーリズムの象徴として市民から批判を受けたことが背景にあります。市民を都市のアイコンにするという当初のコンセプトが、皮肉にも観光客のセルフィースポットとして消費される構造へと変質した事例です。

参考・出典
KesselsKramer「I Amsterdam
Smithsonian Magazine「Rebranding Amsterdam and What It Means to Rebrand a City」(2013)
The Conversation「Rescaling through city branding: The case of Amsterdam(2017)
Dezeen「Amsterdam council removes “I amsterdam” sign」(2018)
CNN「Amsterdam fights overtourism」(2019)

*記事内で使用した画像は、全て KesselsKramer “I amsterdam” より引用しています。

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