アルメニアパビリオンとSTEAM教育機関「TUMOセンター」

長い宗教文化を誇るアルメニア

アルメニアはアジアとヨーロッパの間にあるコーカサス山岳地帯にある300万人近い人口の国で、かつては旧ソ連の構成国でした。

世界で初めてキリスト教を国教とした国(301年)でギリシャ・ローマ時代のガルニ神殿、4世紀に建立されたアルメニア教の総本山エチミアジン大聖堂をはじめとした宗教建造物で知られています。

首都はエレバン。ここから20キロほどの距離にあるエチミアジン大聖堂と教会群ならびにズヴァルトノツの考古遺跡はキリスト教の原点とも言われており、世界遺産にも登録されています。

ここにはイエス・キリストが磔にされた際に使用されたと言われる「ロンギヌスの槍」なども展示されており、アルメニアの長い宗教文化の歴史が垣間見えます。

一方、今回の大阪・関西万博で見られるのは、そうした歴史的なものに加え、近年特に著しい発展をみせるIT産業や教育にまつわる取り組みです。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

*遠藤秀平さんが設計したアルメニア館=遠藤秀平建築研究所提供

元々アルメニアパビリオンは、自国で設計・建設を行うタイプAでの建設を予定していたとのこと。しかし、建設資材の高騰や、2024年5月末に発生したアルメニア北部での洪水とその復興支援の対応が必要となる中、万博への予算措置を講じることが困難になりタイプCへの出展に切り替えられました。

ちなみに当初のデザインは上のようなもの。大きなカーブを描いたアーチ状の屋根が目を惹きます。(関連記事:「アルメニア、「タイプA」パビリオンを断念 デザイン決定後に異例の決断 建築家「残念」」)

プリミティブな造形デザイン

結果的にアルメニアパビリオンはタイプCで出展され、Commons-Fの中に展示されています。

パビリオンの外観はこのようなデザインです。壁、床、ディスプレイなど全体をグレーのカラーで統一し、照明やプロジェクションマッピングなどの光の演出を効果的に活用することで、単調になりがちなグレーの壁面に奥行きを与え、コントラストと表情を生み出しています。

アルメニアパビリオンデザイン

最初に目につくのは、天井から伸びた幾本かの柱ですね。写真の右側、円柱があるほうがコモンズ館の入り口側になるので、多くの人は、この円柱側の手前のコンテンツからみるような動線になります。

円柱側には、アルメニアの歴史を、写真左側にある角柱には、現在国を挙げて取り組んでいる教育にまつわるコンテンツが表示されます。

中央には、紗幕のように向こうが透けて見えるファブリックのパーテーションが設置されています。照明が壁を照らすことで向こう側が見えるため、ゾーンとしては明確に分けつつ圧迫感が少ないのはいいですね。

紗幕にはアルメニアの国名が大きく印刷されていました。「i」の上のドットが、45度傾いているのが特徴的です。

アルメニアパビリオンデザイン

シンプルで非常にそぎ落とされた美しいデザインなのですが、こうしたアプローチがどこから来たのかと思っていたら、どうも旧ソ連時代(以前)の建築様式と、造形のアプローチが似ているように感じました。

この写真は首都エレバンにある複合施設「エレバンカスケード」の外観。建物全体が巨大な階段状になっているのが非常に印象的です。幾何学的な凹凸が巧みに配置され、エッジの効いた矩形のボリュームが組み合わさることで、洗練されたデザインとなっています。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

*Yerevan Cascade

近づいてみるとそうしたデザインの意図がより分かりやすくなります。石の素材感と、大きなボリュームの組み合わせ、際立ったエッジが、無機質でやや冷徹な印象を強めています。

大きな面は均一・単調な表情とする一方で、扉や窓、入り口のアーチなど、一部の部分にだけ細かい造形を施すことで形状のコントラストを強調している点も興味深く感じます。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

*Yerevan Cascade Second level

個人的には、プロダクトデザインのアプローチに非常に似通っていると思いました。プロダクトの場合は、その多くが人間の視界に収まるサイズのものがほとんどで、大きなボリュームと細かい造作の組み合わせ、プリミティブな造形といったアプローチが、デザインの意図の表現と、コントロールに収まるような印象です。あまり冷たさや無機質な印象を感じることは少ないですね(最小の角Rの制限など他の要因もあるでしょうが)。

一方で、建築や空間のような人間よりもはるかに大きなスケールの場合、圧迫感が拭いきれず、どうしても無機的な、冷徹な印象を感じてしまいますね。それらの折り合いをうまく調和させて、パビリオンのデザインとしてまとめたのでは、という感想を持ちました。

1920年代に計画されたこの「エレバンカスケード」以外にも、アルメニアには数多くの教会があります。その多くが過剰な装飾を排したプリミティブな形状の組み合わせと、明確な稜線によって構成されているのが特徴的です。これらも、どこか今回のパビリオンのデザインアプローチに似たものがあるように思います。

アルメニアのSTEAM教育の未来

パビリオンのデザインに戻りましょう。

目線の高さでカットされている円柱には、3Dプリンターで印刷されたと思われるオブジェクトがあり、プロジェクションマッピングのような手法でコンテンツが表示されます。

今回の大阪・関西万博の各国の展示では大型のディスプレイによる表示が多く、こうした形状に整合させるプロジェクションマッピング的な手法は珍しいのではと思います。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

自然の形状に等高線を思わせるラインが投影されるなど、それほど大きなサイズではないにもかかわらず、見応えのあるデザインです。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

後半、角柱の方に回るとアルメニアの代表的STEAM教育機関である「TUMOセンター」、および教育にまつわる取り組みについて展示されています。

TUMOは、アルメニア発祥の無料の教育機関で、12〜18歳の中高生を対象に、プログラミング、ゲーム開発、グラフィックデザイン、アニメーションなど、テクノロジーとデザイン分野の革新的な学習プログラムを提供。国際的に高く評価され、世界各地に展開しています。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

提供されるプログラムは以下のようなもの。グラフィックデザインやモデリング、写真やアニメーションなどクリエイティブ関連のプログラムも充実しているのが興味深いですね。

こうしたプログラムの大部分を占めるのが、TUMOが独自に開発したソフトウェア「TUMO Path」を用いた自己学習です。生徒たちは、これらの14の学習分野から、自分の興味に応じて活動を選択します。

これらの活動は短くインタラクティブな演習で構成されており、各自のペースで進めることができます。専門のコーチも常駐しており、生徒が行き詰まったときには助言や励ましを与えます。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

また2025年夏には、日本の群馬県にアジア初の「TUMO Gunma」が開設予定。パリやベルリン、スイスなど世界10都市の拠点に続き、群馬県高崎で11カ所目のTUMOセンターとなるとのことで、日本との関係もこれから深まりそうです。

「TUMO Gunma」では3Dモデリング、ゲーム開発、グラフィックデザインなど8分野のプログラムを用意し、生成AIを学ぶプログラムも追加する予定で、1,500平方メートルものスペースが準備されています。すでに体験会や見学会なども実施されているようで、「世界標準のクリエイティブ」を謳う同施設の今後に注目です。

構想時のアルメニアパビリオンデザイン

コモンズに出展しているため、比較的見やすく、また丁寧にスタッフの方からの説明も聞けるパビリオンです。あまり馴染みの無いアルメニアの文化に触れる貴重な機会だと思いますので、是非訪れてみてください。

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