アゼルバイジャンパビリオンとイスラム建築様式の再解釈

世界一の親日国、アゼルバイジャン

アゼルバイジャン共和国は、カスピ海の西岸、南コーカサス地方に位置します。北にはロシア、北西をジョージア、西をアルメニア、南をイランに囲まれ、アジアとヨーロッパの交差点という地理的な特性から、古くはシルクロードの要衝として栄えました。人口は1015万人と、日本における大都市圏と同じくらいの規模ですね。
アゼルバイジャンが世界一の親日国と言われる理由は、日本国籍を持つ人々が、世界で唯一アゼルバイジャンへのビザなし渡航が認められているという特異な制度によるようです。
アゼルバイジャンが日本に強い親近感を抱く背景には、トルコとの深い結びつきが大きく影響しています。アゼルバイジャンは、親日国として知られるトルコと同じテュルク系民族であり、文化や歴史において共通の要素を多く持っています。
特に、日本とトルコの間で語り継がれるエルトゥールル号にまつわるエピソードが、この親日感情を育む上で重要な役割を果たしています。1890年にオスマン帝国(現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で遭難した際、地元・串本町の住民が自らの危険を顧みず救助活動に尽力し、多くの乗組員の命を救ったという出来事です。
この勇気ある行動はトルコ人の心に深く刻まれ、日本人の高潔さを象徴する物語として、親から子へと語り継がれてきたと言われています。(ちなみに今回の大阪・関西万博2025のトルコパビリオンには、このエルトゥールル号の実物大のモデルが展示されています。)
このように、ルーツを共有するトルコを介して培われた日本のイメージが、アゼルバイジャンの人々にも影響を与え、現在の親日感情につながっていると考えられます。
伝統と革新の架け橋
大阪・関西万博2025のアゼルバイジャンパビリオンは、「サステナビリティへの7つの懸け橋」をテーマに掲げています。アゼルバイジャンの豊かな文化遺産を尊重しつつ、現代の技術とデザインで前述のテーマを表現しようとする試みです。

パビリオンの外観は伝統的な幾何学模様や建築技法を、現代の素材と大規模なスケールで再構築することで、過去と未来、そして伝統と革新をつなぐ「橋」としてのメッセージを視覚的に伝えています。

特に印象的なのは、建物全体を覆う幾何学的なファサード。これは単なる現代的な装飾にとどまらず、イスラム建築の豊かな歴史と伝統を現代的な視点で再解釈したような相反する二つの要素が融合したデザインです。
イスラム建築の幾何学模様とムカルナス

イスラム建築様式は、偶像崇拝を避ける文化的な背景から具象的な表現は忌避され、抽象的な幾何学模様、植物文様(アラベスク)、カリグラフィーといった表現手法を発展させてきました。これらの模様は、無限に広がるパターンの反復によって宇宙の秩序や神の無限性を表現するという深遠な意味合いを持ちます。
アゼルバイジャンは歴史的にシルクロードの要衝として栄え、様々な文化の影響を受けながら独自の芸術様式を育んできました。特に絨毯、陶器、金属加工品、そして建築には、パビリオンデザインでも用いられる幾何学模様が受け継がれています。
パビリオンのファサードの、特に下部に見て取れるアーチ状のくぼみが重なり合うような立体的な構造は、イスラム建築の装飾技法である「ムカルナス」を彷彿とさせます。
ムカルナスとは、鍾乳石のように小さな窪みが層を成して繰り返される装飾で、ドームやアーチの移行部、軒などに用いられる技法です。そうした繰り返し用いられる立体的なモチーフが、アーチを構成する平面に圧縮されて押し込まれたような印象を与えるデザインです。
幾何学的な要素の組み合わせにより、光と影の相互作用で複雑かつ視覚的に魅力的な表情を生み出すのが特徴です。この伝統的な技法が、現代的な素材とスケールで再構築されている点こそアゼルバイジャンパビリオンの特筆すべきデザインだと思います。

ファサードのディティールはこのようになっています。白く塗装された金属製のパーツが整然と組み合わされていますね。表面の幾何学形状を支える内部のフレームも、同様の白塗装が施され、模様の一部を構成するかのように見えます。結果的に奥行きを感じさせる面白い効果を発揮しています。
同じ平面的なパターンの繰り返しだけでは単調になるところを、構造体をうまく見せることで、立体感を感じさせつつイスラム建築様式を取り入れている点が素晴らしいと思いました。
歓迎の舞によるエントランス

パビリオンの見所は、このエントランスでしょう。伝統的な舞踊を踊る女性の像が、左右に配置されゆっくりと回転しています。
舞踊音楽が流れ、独特な雰囲気に一気に引きずり込まれるような、非常に印象的な空間でした。

女性の像は全て異なる造形ですが、どれもゆったりとした衣装を着用しており、布の表現が躍動感を演出しています。
興味深いのは、実物大よりも大きいスケールでつくられているところですね。結果として左右の像に見下ろされるような位置関係でエントランスを進むことになり、荘厳な雰囲気を感じました。
回転しているからか、像を見ていても飽きることがありません。比較的並んで待つ必要のある人気のパビリオンでしたが、そうした点ではあまり気にならないのではないでしょうか。

内部のディスプレイは、外観と比較するとややシンプルなものです。天井から吊られたファブリックに映像が投影され、それを周囲に並んでみるようなコンテンツです。
内側と外側の方向が縦横で異なっていて、空間としては興味深いものでした。織物でも知られるアゼルバイジャンの伝統を、こうした縦横のスクリーンで表現したのかもしれません。

最後の部屋には、アゼルバイジャンの伝統的な工芸品が展示されていました。
これはアゼルバイジャンの伝統的な書見台、コーランスタンドです。アゼルバイジャン語では「ラヒール (Rəhil)」と呼ばれ、床に座って読む際に、本を読みやすい高さに保つためのサイズを設計しているそうです。
外観のインパクトと比べると、展示の内容はやや物足りないかもしれませんが、エントランスの雰囲気は他の国のパビリオンとは一線を画す非常に魅力的なものでした。
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