『マンガ学』の「閉合」法則による ジャンプ連載作品のコマ間移行分析

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析カバー

本記事は、視覚芸術のひとつであるマンガを取り上げ、その表現手法について考察します。スコット・マクラウド氏の『マンガ学』において定義される分析方法を用い、実際にいくつかの作品を分析しました。(本稿は2020年3月の記事を再構成して掲載しています)

マンガ学における閉合とは

スコット・マクラウド氏の『マンガ学』によると、マンガの読者はコマとコマという断片をつなげ、統一された連続する現実を心理的に構築する事によってストーリーを理解するとされます。

この、部分を観察し全体を理解する現象は「閉合(closure)」の法則と呼ばれマンガの「文法」と定義しています。そして、この閉合の技術を以下の6つに分類しました。

1)瞬間から瞬間
2)動作から動作
3)対象から対象
4)場面から場面
5)局面から局面
6)不合理的移行

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行6分類

*『マンガ学』原題『Understanding Comics』スコットマクラウド、1998年の図表をもとに作成

続けて彼は、60年代のアメリカで人気だったカービーとスタン・リーの作品を取り上げ、コマとコマがどの併合によって移行しているかを分析しています。

結果、カービーの移行で圧倒的に多いのは、2)の動作から動作へ移行するもので、実に全体の65%を占めました。『X-メン』や『タンタン』など他の作品においても、おおよそ一貫して同じ比率が見られます。

一方、手塚治虫の作品に注目すると、上記とは大きく異なる結果が出ます。2)の動作から動作の移行より、3)対象から対象への移行を用いるケースが多かったのです。

加えて特徴的なのは、西洋のマンガではほとんど見られない5)局面から局面への移行が多用される点です。マクラウドは、西洋と東洋の文化の違い、マンガが掲載される媒体形式の違いがその大きな理由ではないかと推察しています。(日本のマンガは最初から複数の作品が並ぶ雑誌に掲載されるため、1話の中でたくさんの「事件」をみせなければならないほどプレッシャーが大きく無い、とのことですが、こうした推測は日本の週刊漫画誌の状況からすると、若干の違和感が否めません。)

『マンガ学』について

現代日本のマンガ作品について

この『マンガ学』は他にもマンガにまつわる様々な視点からの分析や考察が多く、とても素晴らしい本なのですが、この「閉合」によってコマとコマの移行を分析するという点に特に惹かれました。

普段からマンガを何気なく読んでいても、作品毎に大きく読みやすさが異なる印象を受けます。はっきりとした理由はわからなかったのですが、この「閉合」の分類によって何か新しい発見があるのではと考えました。

今回は集英社刊行の『週刊少年ジャンプ』の中から人気を得ていると思われる作品を5つ取り上げて分析しています。

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析・分析対象

分析の対象としたのは、週刊少年ジャンプ2020年1〜4・5合併号までの以下の作品です。

『鬼滅の刃』
『ワンピース』
『Dr.STONE』
『呪術廻戦』
『チェンソーマン』

*『マンガ学』の例で出てきたような単純なコマが少なく、どの分類にあてはまるのか明確にわからなかったものが多々ありました。

*出来る限り全体の整合を崩さないように注意していますが、判断が難しい場合は前後の文脈などによって適宜判断しています。

*はっきりとした視座の変化は無くても、コマの主題が変化したと思われるケースは、3)に対象から対象にカウントしています。

*時間の進行はありつつ、カメラが引く(または寄る)といったような表現のコマについては、静止した「動作」ととらえ2)動作から動作にカウントしています。

6)不合理的移行については全作品を通じて1コマも見られなかったため、表内・レーダーチャート等に記載していません。

*レーダーチャートは、割合では無くコマの絶対数によってグリッドを引いています。そのためコマ数の少ない呪術廻戦は全体的に面積が小さくなります。これは、当初5作品のグラフを重ねて形の変化を比較する予定だったというのが理由ですが、実際重ねると非常に見づらくなってしまったため割愛しました。

コマ間移行の分析結果と考察

鬼滅の刃

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析『鬼滅の刃』

・バトルシーンとその間に挟まれる回想シーン、それぞれの表現で大きくコマの移行方法が異なる。

・バトルシーンでは、意外にも2)動作から動作への移行はほとんどみられず、3)対象から対象への移行によって多くが占められる。1対多人数のバトルであることも大きな要因として考えられる。

・一方回想シーンでは、激しい動きはないものの、登場人物の心の機微2)動作から動作の移行によって巧みに表現していて、バトルとの対比がより一層際立っている。

ワンピース

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析『ワンピース』

・一見してわかるようにコマ数が圧倒的に多い。1話辺りの平均コマ数は90を超え、最もコマ数の少ない呪術廻戦の1.7倍にも及ぶ。(*回想を主にしたストーリーのため、場面移行のための演出としてコマを細く短冊状にしたものについてはカウントしていません。)

・バトルシーンも多いが、基本的に3)対象から対象への移行をメインに進めている。これはワンピースをはじめほとんどのWJの作品に共通しているようにみられる。

Dr.STONE

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析『Dr.STONE』

・個人的にコマ間の移行がもっともバランスのとれた印象。バトルシーンでは、2)と3)を上手く使い分けながら動作の原因と結果がわかりやすく描かれている。

・道具を手に取る、復活液を垂らす、など重要な場面では1)瞬間から瞬間の移行が効果的に使用されていて、読者の注目をうまく引いている。

・登場人物が多いため、どうしても場面間移行が多くなる。

呪術廻戦

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析『呪術廻戦』

1話辺りのコマ数は圧倒的に少ない

・バトルシーンでは、2)と3)を上手く使い分け、最も身体動作が丁寧に描かれている印象。アクションが読み取りやすい。

バトルに加わる登場人物の人数を巧くコントロールしており、最大でも一人対二人以内へ収まるように工夫がなされている事も大きな要因では。そのため一人一人に割けるコマの数が増え、結果的に読みやすさにつながっているものと考えられる。(バトルシーンに居合わせても、積極的に戦闘しない、などマンガのバトルについて首尾一貫したスタンスが垣間見える。)

・カメラワークは複雑(頻繁に視点が入れ替わる)でもセリフ位置と読ませる順序に配慮してあり、読み進めるストレスが少ない。

チェンソーマン

『マンガ学』の「閉合」法則によるジャンプ連載作品のコマ間移行分析『チェンソーマン』

異端、読みやすいのに読後感は他の作品と全く異なる。

・その要因は、全般的な表現において5)局面から局面への移行を積極的に挟んでいるからと考えられる。他作品にはあまり(というかほとんど全く)見られず、前後の文脈などを読み取ることが相当必要な印象。

・また話毎のコマ数の最大値と最小値の幅もワンピースに次いで多く、描くストーリーによって大きく表現手法を変えているのではと考えられる。(ただ話毎のコマ数の幅は、サンプルの数が少ないため参考程度かなと思っています。)

おわりに

マクラウドの『マンガ学』によるコマ移行の分析を試しに行いました。元々10話分くらい分析した方がいいのかなと思ったのですが、取りかかってみて3、4話を分析すると、それぞれの作品の特徴が見えてきた印象です。

一方で、今回参照した『マンガ学』の初版発行は1993年と古く、近年のマンガにおける表現手法の驚くほどの進化をみると、こうしたコマ間移行の分析が適切なのかどうかとも思います。(そうした中でも、何となく大まかな傾向をつかめたのは興味深いものでした。)

*記事内の『マンガ学』原題『Understanding Comics』はスコットマクラウド氏、『週刊少年ジャンプ』に関連する画像は集英社から引用しています。