オランダの国家ブランディング「NL」ー国の本質を再定義したブランドデザイン戦略

オランダのブランディングにまつわる記事では、アムステルダム市の都市ブランディング「I amsterdam」について考察しました。今回は視点を広げて、オランダという国そのもののブランディングを取り上げます。
2020年1月、オランダ政府は国際コミュニケーション向けの新しいビジュアルアイデンティティを導入しました。設計を手がけたのは、ロッテルダムに拠点を置くデザインスタジオ Studio Dumbar(現Studio Dumbar/DEPT®)。従来の手描き風のデザインで構成された「Holland」ロゴを廃止し、「NL」の2文字を核とするブランドへと刷新した事例です。
観光ブランドから国家ブランドへ

2017年に制定された刷新以前のオランダの国際向けブランドは、印象派風に手描きされた「Holland」の文字と、ややラフなシルエットを持ったチューリップのシンボルで構成されていました。しかし、この旧ブランドには2つの構造的な問題がありました。
第一に、名称の問題です。 「Holland」は厳密にはオランダの一地域(北ホランド州・南ホランド州)を指す名称であり、国全体の正式名称ではありません。国名として「Holland」を使い続けることは、他の地域のアイデンティティを軽視するとも受け取れる行為でもありました。
第二に、イメージの問題です。 手描き風のロゴとチューリップのシンボルは観光プロモーションとしては機能していましたが、テクノロジー、農業技術、金融、高等教育といった分野で国際的に活動するオランダの実態とは大きく乖離していました。大学や大使館、テック企業がこのロゴを使うことへの抵抗感は、関係者の間で長年課題として認識されていたと言います。
国名の頭文字をとった「NL」というアプローチ
Studio Dumbarは設計に入る前に、政府機関、大使館、企業、大学、メディア、スポーツ団体、クリエイティブ業界など多岐にわたるステークホルダーへの広範なヒアリングを実施しました。
そこから導き出された答えは「NL」——オランダの国際的な略称をそのままロゴにするというものでした。
戦略ディレクターのTom Dorresteijn氏は「オランダ人は全員NLに感情的なつながりを持っている。イギリス人がUKに持つ感覚と同じだ」と語っています。

デザインの核となったのは、オランダを象徴する3つの要素の融合です。
オレンジ色:王室(オラニエ家)に由来し、オランダ人が国際的な場で最も感情的に結びつく色。
チューリップ:オランダの最も有名なシンボル。当初Studio Dumbarは「直接的なチューリップは観光やお土産の印象が強すぎる」として、NとLの文字の間にチューリップの花びらのシルエットを抽象的に配置するアプローチを取りました。このデザインは非常にうまく統合していると思います。
NLの頭文字:書体にはオランダの独立系ファウンドリ Bold Monday が制作した「Nitti Grotesk」を採用。プロフェッショナルさと表現力を両立する書体として選定されました。

140以上の拠点で機能するシンプルな運用設計

国家ブランドの運用は、企業ブランドとは比較にならない複雑さを伴います。世界140以上の大使館・領事館、通商代表部、各省庁、スポーツチーム、文化機関——それぞれが異なる文脈でブランドを使用します。
しかもその多くには、専属のデザイナーやデザインエージェンシーがいません。Studio Dumbarはこの現実を踏まえ、「デザインの知識がなくても正しく使えるほどシンプルなシステム」を設計思想の中心に据えました。ロゴは極めて少ない要素で構成されており、色やサイズのバリエーションも最小限に抑えられています。

また、ブランド完成当初から、上記のような多言語に対応したアセットが規定されていた点も、現場での展開や使い勝手に配慮された施作だと思われます。

NL Platformのビジュアルガイドラインを見てみると、ロゴの使用権を2段階に分けて管理しているようです。公式NLロゴ&ロゴタイプの組み合わせは、中央政府機関および政府と連携する民間組織が使用可能で、NL Toolkitを通じた申請・承認制です。
円形のNLステッカーは、オランダの国際的なポジショニングに貢献する民間組織が自社のコミュニケーションに使用できる簡易版で、こちらは書面申請によって使用可能となっています。
「I amsterdam」との対比で見えるもの

以前の記事で取り上げた「I amsterdam」は、ランドマークを持たない都市が「市民」をアイコンにした事例でした。
一方、NLブランディングは、観光イメージに固定されていた国の印象を「イノベーションと起業家精神の国」へと再定義した事例です。
両者に共通するのは、デザインが解決した問題の本質が「見た目」ではなく「認識の書き換え」だったという点です。「I amsterdam」は都市への帰属意識を、「NL」は国家の国際的なポジショニングを、それぞれデザインの力で再構築していると言えます。
本記事のまとめ
Q. オランダの国家ブランディング「NL」とは?
A. 2020年1月にオランダ政府が導入した国際コミュニケーション向けのビジュアルアイデンティティです。オランダのデザインスタジオStudio Dumbar(現Studio Dumbar/DEPT®)が設計を担当し、従来の手描き風「Holland」ロゴとチューリップのシンボルを刷新しました。オレンジ、チューリップ、NLの頭文字という3つのオランダを象徴する要素を組み合わせたデザインで、140以上の大使館・領事館で使用されています。
Q. なぜオランダは「Holland」ブランドを廃止したのか?
A. 「Holland」は厳密にはオランダの一地域(北ホランド州・南ホランド州)を指す名称であり、国全体を表す正式名称は「the Netherlands」です。旧ブランドの手描き風ロゴは観光やお土産のイメージが強く、テクノロジー、農業、教育、金融などの分野で国際的に活動するオランダの実態と乖離していたため、2020年に正式名称「Netherlands」を軸にしたブランドへ移行しました。
Q. NLロゴに使われている書体は?
A. オランダの独立系書体ファウンドリBold Monday社が制作した「Nitti Grotesk」が採用されています。プロフェッショナルかつ表現力のあるコミュニケーションを両立する書体として選定されました。オランダの書体デザイナーによる書体をオランダの国家ブランドに使用するという一貫性も、選定理由の一つです。
参考・出典
Studio Dumbar「The Netherlands — Branding the nation on the international stage」
NL Platform「About the Netherlands’ visual identity」
Dezeen「Netherlands replaces “tulip Holland” identity with “less touristy” NL logo」(2019)
Reed Words「How Studio Dumbar rebranded the Netherlands」(2024)
*記事内で使用した画像は、全て Studio Dumbar “The Netherlands — Branding the nation on the international stage” より引用しています。
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