IBMブランドにみる白黒反転時ロゴタイプの調整手法分析と考察【前編】
ポール・ランドがデザインを手がけた「IBM」のロゴタイプデザインには、黒い背景に配置するケースを想定した、「Negative Version」と呼ばれるバージョンが存在する。
『IBM Graphic Design Guide from 1969 to 1987 Editions Empire』の冒頭p10には、Note! という書出しからはじまる注意書きがあり、そのバージョンの目的と使用に対する留意点が書かれている。
ガイドラインから、その文章を引用する。
Note! The negative version is lighter in weight than the positive one.
This is done to compensate for optical differences.
Do not photostat a positive logotype to be used as a negative, or vice versa.
意訳:注意!ネガティブバージョンは、ポジティブバージョンよりもウェイトが軽い。これは、光学的差異を補正するために行われます。 ネガティブバージョンをポジティブロゴタイプとして使用しないでください。その逆も同様です。
このような使用に関する規定を伴うネガティブバージョンだが、どういったものかポジティブバージョンと比較する。
(IBMのロゴタイプにはその他にアウトラインバージョンも存在し、その詳細分析についてはこちらの記事にまとめています。「IBMブランドにみるアウトラインロゴの分析と再提案」)
一見するとほとんど同じように見える2つのバージョンだが、よく見ると「B」の内側の四角の大きさなど、わずかに違いがみられる。
そこで、それぞれのバージョンのキャップハイトを揃え、重ね合わせて比較した。
最初の文字「I」のベースラインを基準に重ねたものだが、「M」の右端をみても大きく文字幅やレタースペースが異なることがわかる。
以下でより詳細に比較する。
レタースペースの比較
キャップハイトを基準にレタースペースを比較する。キャップハイトの1%を一辺とした正方形「A」を基準とした場合のポジティブバージョンの各レタースペースは以下の通り。
同じ基準を用い、ネガティブバージョンのものを数値化すると、こちらの方がそれぞれのレタースペースは広く調整されていることが見て取れる。
・I-B:6.5A→7A
・B-M:8A→9A
のように、キャップハイトの0.5〜1%程度だが、わずかに広くなっている。
こうしたネガティブバージョンの方がレタースペースを広くとる方向の調整は、主なロゴタイプの展開媒体が印刷物であった当時の状況を考えると、印刷によってエッジが荒れたり、インクが滲んでロゴタイプの内側に侵食した場合でも、一定の視認性を確保したのではと推測される。
各文字個別の調整について
また、各文字それぞれに対しても個別に調整が行われており、その詳細を以下にまとめた。
3文字の中で最も調整幅が小さいのが「I」である。水平垂直のストロークだけで構成され、比較的見え方の差異が少ない点によるものだと思われる。調整箇所は見て取れる限り以下の2箇所。
・文字のウェイトが1〜1.5%程度太く調整
・下側の水平ストロークのみポジティブバージョンよりも長く調整
特徴的な点は「下側の水平ストローク」のみ延長幅が大きい点だろうか。一般的な書体設計において、下側右側に、よりウェイトを置く(太く、もしくは長く調整する)方法はよくとられる。しかしポジティブバージョンの「I」では非常に幾何学的で、上下の水平ストロークは左右が同等だった。わずかではあるがネガティブバージョンのみ設計の方法が異なる点は面白い。(但し昔の印刷物をスキャンする際などに、歪みが生じた結果である可能性も否定できない。)
「B」の文字はベースラインの右側を基準として比較した。右側カーブのラインは基本的に変わっておらず1画目など垂直のラインを主に調整したと思われる。
・水平方向にウェイトを1%程度太く調整
・内側の四角形を「小さく」調整
基本的には「I」と似たルールでの調整と思われる。主に縦のストロークを太く調整しており、結果的に文字幅もわずかに広くなっている。また内側の四角形も小さくなりこれはポジティブバージョンと比較すると最も目につきやすい変更だと思われる。
最も調整幅が大きく、個別にみるとエキスパンドバージョンを作字したとも取れるほどの「M」。特に中心にある斜線の交点の位置を上下とも移動させており、切り込みをより大きくした調整は特徴的だ。
また縦のストロークの太さ調整は他の「I・B」と同じルールに沿っているようで、上記の斜線の調整と相まって文字の重心が右側へ移動している。
・文字幅は5%広く調整
・中止の斜線がゆるやかになり、右下へ重心が移動している
改めて両者のバージョンを比較すると「M」は幅がより広く重心が下がっており、全体的にどっしりとした印象となっていることがわかる。「M」だけみると、一段エキスパンドしたような印象の違いである。
おわりに
ネガティブバージョンの調整において、レタースペースおよび各文字毎の詳細をみてきた。
こうしたネガティブバージョンの調整にあたっては「キャップハイトは固定したまま」、各々の文字のストロークや幅を調整するという手法が取られており、全体のロゴタイプとしての一体的なサイズのコントロールは文字の高さで行っているものと思われる。(これはデザインガイド内サイズバリエーションのページの中で、ポジティブ、ネガティブそれぞれの、48ptキャップハイト実寸寸法が同じであることから推測される。)
また、字形の複雑さが増せば増すほど調整の箇所や調整幅も増えていることから、画数の多さやカーブ、斜線の数に応じた各部調整が必要だと言えるのではないか。
一方で、こうした調整により、ネガティブバージョンのロゴタイプの方が文字が太って見える結果となったとも言える。
「白色」は膨張色なので実際より大きく視認され、こうした現象が起きているものと思われる。
後編ではネガティブバージョンの調整を行う理由や原則を元にデザインしていったのかを、推測しながら考察する。
(IBMのロゴタイプにはその他にアウトラインバージョンも存在し、その詳細分析についてはこちらの記事にまとめています。「IBMブランドにみるアウトラインロゴの分析と再提案」)
*記事内の「IBM」ロゴおよび関連する画像は、全て『IBM Graphic Design Guide from 1969 to 1987 Editions Empire』より引用しています。
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