トイレのピクトグラムデザインの変化 -ジェンダーによる造形の差異-
トイレのピクトグラムデザインの変遷
近年、生物学的な性別だけでなく、社会的・文化的に構築されるジェンダーについての理解が少しずつ深まってきています。性別とジェンダーは必ずしも一致するものではなく、多様な性自認やジェンダー表現が存在することが認識されるようになってきました。
こうした社会の価値観の変化は、デザインの世界にも大きな影響を与えています。完璧とは言えないまでも、デザイナーたちは性別やジェンダーの多様性を尊重したデザインを志向しています。
その最たるものは、トイレのピクトグラムデザインではないでしょうか。今から50年以上前、1964年の東京オリンピックで使用されたトイレ用のピクトグラムデザインはこのようなものでした。
チーフデザイナーの田中一光氏を筆頭にデザインされたこのピクトグラムは、女性がまるでパニエをはいているかのようなシルエットになっています。特にウエスト回りは華奢な細さが強調され、過剰に女性性を表現しているような印象です。
当時の社会状況では当たり前だったこのデザインも、今の価値観でこのデザインを見ると決して適切な造形には見えません。社会状況の変化に応じてこのような女性性が強調されたデザインは徐々に減っていき、近年では男性と女性のシルエットは比較的差の少ない、フォルムの近いものになっています。
例えば2019年に開設された日本オリンピックミュージアム施設内にあるデザインを見てみましょう。
これはオールジェンダートイレ用のサインデザインです。真ん中に片方だけがスカートになったようなシルエットの人がいるデザインが特徴的ですね。
女性のシルエットも、裾が広がっていますがウエストの細さが強調されることはなく、肩からスカートまでのラインはストレートにつながっています。色使いも綺麗でコントラストが適切に確保されている良いデザインですね。
現代的な価値観を反映したピクトグラムデザイン
トイレのサインひとつとっても、その組織それぞれの姿勢や捉え方が異なって興味深いものです。そうした中で個人的にもっとも素晴らしいと思ったのがApple社内にあるトイレのピクトグラムデザインです。
まずはその変遷を振り返ってみましょう。2017年まで使われていたものは、Macintosh初期の頃のアイコンを彷彿とさせるようなドットを用いたものでした。(2010年に訪れた際に撮影したものです。)
男性は髪が短く描かれる一方、女性は後ろで髪を束ね、まつげやピアスが描かれているポップなデザインです。
その後2017年にAppleは社屋を新しく建て直しましたが、その際に変更されたピクトグラムデザインは以下のようなものです。
男女のシルエットの違いは本当にわずかです。女性の胸からスカートの裾まで徐々に広がるシルエットですが、こちらもウエスト周りは強調されていません。その広がりの角度も最小限のもので、サインとしての機能性を維持したままできる限り両者のシルエットギャップを抑えていることが見てとれます。
冒頭の1964年の東京オリンピックでデザインされたピクトグラムと比較すると、その差は歴然ですね。
「様々な人」が利用する公共空間におけるピクトグラムは、出来る限り多くの人が理解しやすい最大公約数的なデザインであるべきです。例えスカートを穿かない女性がいるとしても、トイレのサインとして機能するためにスカートのシルエットを用いることは理にかなっています。
一方、その表現については社会状況や意識の変化に応じて少しずつ細部のディティールを修正していく必要があります。今回見てきたトイレサインの例をみても、そうしたデザインにおける役割が見て取れる好例ではないでしょうか。
非常口のピクトグラムデザインについて、国際舞台の中で日本のデザインがどのようにソ連案と渡り合ったのか、それぞれに対するデザイン面での批判や決定までのプロセスを記事にまとめています。あわせてご覧ください。こちらの記事にまとめています。あわせてご覧ください。
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