I♥NYのリブランディング事例 都市のブランドについて

I♥NYリブランディング事例

ニューヨークから遠く離れた日本でも、度々目にするほど長年親しまれてきた「I ♥ NY」。
この素晴らしいデザインは、アメリカの著名なグラフィックデザイナー、ミルトン・グレイザー(Milton Glaser)によるものだ。(残念ながら2020年6月26日に91歳で亡くなった。)

50年近くにわたってこの都市のブランディングを支えてきたこのデザインを、ニューヨーク州とニューヨーク市は大幅に刷新すると発表した。

2023年の3月に発表された「We ♥ NYC」と呼称されたこの新しいキャンペーンは、グレイザーが到達した都市ブランディングを明らかに踏襲したものと言える。ここでは、1976年にグレイザーがデザインした「I ♥ NY」と共に、新しいニューヨークの都市ブランドについて取り上げる。

*2023年5月「I ♥ NY」のブランドガイドラインを追記しました。

分類1_抽象的図形
分類4_ワードマーク・文字

デザインはロゴタイプに抽象的な図形を統合させたもので、類型化すれば、4.Wordmarks(ワードマーク・文字)をベースに、1.Abstract(抽象的図形)を組み合わせたものと捉えられる。「♥」は「love」と読み替えられるように、このデザインは多くの人や場所への「愛」を宣言するためのひとつのスタイルになった。

ロゴマークデザインの分類について「ブランド・アイデンティティ・デザインのためのロゴマーク5分類」へもまとめています。

ミルトン・グレイザーによる「I NY

I♥NYリブランディング事例:ミルトングレイザー

ベースとなったデザインは1976年にミルトン・グレイザーが手がけた「I ♥ NY」である。

アメリカンタイプライター(American Typewriter)」と呼ばれる書体とハートマークが統合されたシンプルなアイデアで、デザインによるコミュニケーションのポテンシャルを最大限に活用したデザインだ。

I♥NYリブランディング事例:ブランドマニュアル

LOVEをハートマークに置き換えるというシンプルなアイデアは、国境を越えても瞬時に理解できるデザインであり、秀逸なアプローチと言える。

都市のイメージをよりポジティブなものに変換し、愛着を持って受け入れてもらうブランディングに大きく寄与したのは間違いない。

I NY」のブランドガイドライン

I♥NYリブランディング事例:ブランドマニュアル

2008年には「I ♥ NY」のブランドを拡張するかたちで、ブランドガイドラインが制定された。ここではその特徴的な一部を紹介する。

I♥NYリブランディング事例:ブランドマニュアルシーズンロゴの規定

最も目を惹くのがこのシーズンロゴの規定だろう。ブランド広告や季節のプロモーションのために四季を思わせる要素が加わっている。

枯れ葉がハートマークに重なったり、文字の頭に雪が積もったような表現は親しみがわくものだが、元々のシンプルな力強さは影を潜めるデザインだ。

その他には下側にあるように、「テーマ別」ブランド展開のアセットも規定された。ワインにはブドウ、アートには額縁、文化には五線譜などそれぞれのテーマを想起させるエレメントが追加されている。

こちらは更に描き込みが細かく、加えてストロークやトーンのばらつきが見られる点が気になるポイントだ。

I♥NYリブランディング事例:ブランドマニュアルテーマロゴの規定
I♥NYリブランディング事例:ブランドマニュアル

リブランディングされた「WE NYC

I♥NYリブランディング事例

今回発表された新たなデザインはGraham Cliffordによって制作されたもので、上は新旧デザインの比較である。

主語の「I」が「WE」に、「NY」の略称が「NYC」と変更され、ハートマークにはグラデーションが施された立体的な表現へ改められている。

ハートマークのディティールは若干細身でシャープな印象に。屋外のサイン広告など(下写真)で組み合わされる「絵文字」のスタイルと調和するように立体的なグラデーションとハイライトが加えられている。

ウェイトの太いサンセリフ体を書体に選択したためか、文字のキャップハイトに対するハートマークのサイズも大ぶりになり、文字が組まれたブロックの右上に不自然に配置された。

I♥NYリブランディング事例
I♥NYリブランディング事例
I♥NYリブランディング事例

」と絵文字のシステムデザイン

今回のリブランディングの目的は、ニューヨークを愛するすべての人々に向けたキャンペーンを通じて、この都市のユニークな点を知らせ、様々な方法でニューヨークを活性化することだ。

そのためキャンペーンのビジュアルコミュニケーションは、「絵文字」の使用によってデザインされている。多くの言語が共存する都市の国際性を考えると、これらのシンボルは多様な文化を超えて理解されやすい。(絵文字のコレクション❤️🏳️‍🌈⛴️🗽🧢☕️🍕も開発された。)

私たちにも身近なシンボルシステムである「絵文字」を引用するというアイデアは、グレイザーの「♥」にも通底するコンセプトと言えるだろう。

今後、例えば市民のリクエストに応じて新しい絵文字を作成できるためキャンペーン自体がオープンなプロセスとして設計されている点も素晴らしい。

I♥NYリブランディング事例:ピクトグラム・絵文字

WE ♥ NYC」にあるイメージでは、ニューヨークを連想するような絵文字がふんだんに散りばめられ、楽しげで賑やかな印象だ。

ハートマークが中心にあるバリエーションもあり、こちらの方が誘目性が高くうまく機能しているように見える。

I♥NYリブランディング事例

開かれた市民との共創プロセス

加えて今回のキャンペーンでは、これまで以上に市民の参加を促進することに力点が置かれている。

例えばニューヨーク市のアーティストを招待して独自のポスターを作成し、公式サイトやSNSへの展開を積極的に行う。街中の様々な場所をメディアと見立てたグラフィック展開が展開され、開かれた共創のためのプロセスによる成果が見て取れる。

新たに選択されたウェイトの太いサンセリフ体の存在感は、多様なスタイルの中でも際立っており、こうした展開を見据えたデザインとしては可能性を感じる。

I♥NYリブランディング事例

グレイザーの遺した「I NY MORE THAN EVER

I♥NYリブランディング事例:ミルトングレイザー

2001年9 月11日の同時多発テロの後、グレイザーは自身のデザインをリデザインするというかたちで「I ❤ NY More Than Ever」というロゴを制作した。

また2020年に亡くなる最期の時まで、パンデミックによって分断された私たちに対し、もう一度連帯を取り戻すための「Together(一緒に)」という新たなグラフィックを制作していたと言われている。

自分のデザインが窮地に立たされた都市にどのように貢献できるか、そのことを常に考えていたグレイザー。
その作品がどのように後世に受け継がれていくのか、新たな「We ♥ NYC」の今後に注目したい。

*記事内で使用した「WE ♥ NYC」のシンボルマーク・ロゴタイプおよび関連画像は、全て “WE ♥ NYC” に帰属します。

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