ジャガーのリブランディング事例

1935年に設立されたジャガーは、英国の高級車メーカーです。映画『オーシャンズ12』や『007』などにも登場することで日本でもよく知られていますね。長い間ジャガーは英国の名ブランドとして君臨してきましたが、70年代に売り上げが低迷、米国フォードの傘下に入ったのち、2008年にはインドのタタ・モーターズに買収され、現在もタタ・モーターズの傘下にあります。
こうした状況の中、ジャガーは電気自動車の未来に目を向けながら戦略の見直しを迫られており、これまでのロゴタイプから大幅にデザインを刷新、(他の自動車ブランドと似たようにも見える)幾何学的なサンセリフ体への変更を行いました。新しいアイデンティティとキャンペーンは社内で制作されたとのこと。
新旧どちらのデザインも、分類としてはわかりやすいものですね。ワードマークのみによってアイデンティティを構築したデザイン。分類としては 4.Wordmarks(ワードマーク・文字)になります。
ロゴマークデザインの5つの分類について「ブランド・アイデンティティ・デザインのためのロゴマーク5分類」へもまとめています。
点対称のシンプルなモノグラムデザイン

これまでのコントラストの強い書体(縦ストロークと横ストロークのウェイトの違いが大きい)から、均一な太さをもった幾何学的なサンセリフ体へデザインが変更されました。
また全て大文字だったロゴタイプは「J」と「G」「U」は大文字、「a」「r」を小文字とし、大文字小文字を混在させるデザインに。これによって、「J」「r」が点対称の造形になりました。


展開として示されているモノグラムは、そのアイデアがうまく活用された円形に統合されたもので(ジャガーらしい高級感があるかどうかはともかく)シンプルなデザインにまとまっています。
エンブレムのテクスチャーも品質高く見えます。小さいサイズでの展開にも転用しうる高い耐久性は、このシンプルなアイデアが大いに寄与したものと言えます。


車のエクステリアデザインのコンセプトモデルも発表されています。発表はモーターショーではなく、マイアミアートウィークというアートと文化の祭典で行われたことも特筆すべきです。
シンプルな面によるエッジの立った構成で、サイドビューとフロントビューの造形のコントラストが興味深いです(が、サイバートラックほどのインパクトはありません)。

もうひとつの大きな変化は、跳躍するジャガーのシンボルの進化です。これは、車のインテリアやドアハンドルなどプロダクトデザインの展開イメージによって提示されています。
この新しいシンボルは、手脚や筋肉、顔の表情のディテールを放棄しシルエットだけに焦点を当てているデザインです。ロゴタイプのデザインアプローチと一貫した流れを汲んでおり、繊細さと力強さが同居した優れたデザインです。
また、このシンボルのもうひとつの特徴は、常にストライプの中に表現されることでしょう。これは、アイデンティティだけでなく実際の車のデザインにも繰り返し現れるモチーフです(「取り消し線」というニックネームすら付けられています)。

豊かな色彩のキャンペーンビジュアル”Copy Nothing”

キャンペーンのビジュアルはこれまでのカーブランドとはかけ離れたインパクトの強いデザインで展開されています。このキャンペーンには8人の人物が登場しますが、年齢、人種、性別がそれぞに異なり、(好意的に見るなら)近未来的な服を身にまとっています。
興味深いのは、カーブランドを宣伝するための「車」そのものは一切見当たらないという事ですね。とてもチャレンジングなキャンペーン戦略・ビジュアルで、その点は特に好感が持てます。
最も目につくのは「Copy Nothing」のコピーでしょう。これはジャガーの共同創設者であるウィリアム・ライオンズ卿の言葉であるという点でも魅力的です。
このコピーには、かつてAppleが展開した「Think Different」の簡潔さとキャッチーさがありますね。もしくはシャープのコーポレート宣言 「Be Original.」も彷彿とさせます。これらも優れたコピーです。
おわりに
2010年代と20年代の大半、ロゴのデザインは1つのメガトレンド、つまり徹底的とも言えるシンプル化によって特徴づけられていました。この時代のリブランディング事例では、デザインがよりシンプルになり、よりフラットになり、よりミニマリスト的になることが一般的です。
もちろん、これには多くの正当な理由があったと思います。主に言及されるものは、小さなデジタルデバイスにおける表示においてデザインを毀損することなく機能させる必要性です。一方でそれによって、非常に退屈なデザインが世の中に溢れることになりました。
今回のジャガーにおけるリブランディングについても似たような事が言えるでしょう。書体のコントラストは下がり、均一のストロークで描かれたロゴタイプのデザインはシンプルでモダンな一方、退屈な(見慣れた)印象は拭えません。
一方で広告ビジュアルにはピンクと明るいブルーが用いられ、これまでに無いような艶やかな印象を与えます。そうしたデザイン戦略は、ジャガーが登場する『007』で描かれたようなヒーロー像とは異なるターゲットを想定しているようです。
そうしたキャンペーンの挑戦的なスタンスは、これまでのカーブランドには無かったものです。アートウィークでの発表という広報戦略も特筆すべき点で、今後のカーブランドの新たな可能性を切り開く先駆的な取り組みとして期待が高まります。
*記事内で使用した「JAGUAR」のシンボルマーク・ロゴタイプおよび関連画像は、全て “JAGUAR” に帰属します。
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